Shuon Yuyama
Development

筆跡鑑定AI「筆あわせ」を開発し展示

直筆資料を活用し、長泉町井上靖文学館で展示。

筆跡鑑定AI「筆あわせ」を開発し展示

「筆あわせ」の展示を開始しました

長泉町井上靖文学館にて、来館者参加型の筆跡判定アクティビティ「筆あわせ」の常設展示を開始しました。

iPadとApple Pencilを使って原稿用紙のマス目に「井」「上」「靖」の3文字を手書きすると、AIが井上靖本人の直筆との一致度を判定します。書いた筆跡の上に朱書きで◎・〇・△の印が入り、点数と講評を添えて"学校の答案"のように返ってくる体験型の展示です。

この展示は、2025年12月の「第3回チャレンジコンテスト」で優秀賞をいただいた「井上靖文学館での取り組み」の中で提案した、AIによる筆跡診断を形にしたものです。コンテストで描いた構想をもとに、文学館の皆様と対話と検証を重ね、展示システムとしてゼロから開発しました。

文学館に設置した「筆あわせ」
文学館に設置した「筆あわせ」

展示が生まれるまで

子どもたちが「自分から触れたくなる」入り口を

文学館での鑑賞は、展示ケースを静かに眺めて回るスタイルが中心です。じっくり作品と向き合える一方で、小・中学生にとっては「文字が多くて少し難しそう」と感じてしまうこともあります。

ガラスケースの向こうにある直筆原稿を、眺めるだけでなく自分の手で体感してもらうことはできないか。そう考えて生まれたのが、子どもたちにも馴染みのあるiPadを使い、ゲーム感覚で文豪の筆跡に挑める「筆跡判定AI」のアイデアでした。まずは自分の手を動かして、文豪の字を真似てみる。その体験が、井上靖という作家に興味を持つきっかけになると考えました。

コンテストから、実際の展示へ

この構想を2025年12月のチャレンジコンテストで提案し、優秀賞をいただくことができました。ただ、賞をいただいて終わりにするのではなく、実際に来館者に触れてもらえる展示にしたいという思いがありました。そこでコンテストの後から文学館の皆様にご相談し、導入に向けた協議を始めました。

まずは2026年3月の「森の中の演奏会 in クレマチスの丘」で、スマートフォンで会場を巡る「スマホでクイズラリー」を開発・提供しました。多くの親子連れに楽しんでいただき、デジタルの体験が展示の魅力を引き出せるという手応えを得られました。

その経験を土台に「筆あわせ」の開発に着手し、文学館からお預かりした直筆資料のデータ化と学習を進めてきました。コンテストでの提案から約9ヶ月を経て、子どもから大人まで楽しめる常設展示として実現することができました。

「筆あわせ」の仕組みと開発の裏側

30枚の真筆から学ぶ

開発で最大の壁になったのはデータの量でした。文学館からご提供いただいた原稿用紙・色紙・サインから1文字ずつ切り出しても、使える直筆は3文字あわせて30枚ほど。数千〜数万枚の画像で学習させる一般的な方法は使えません。

そこで、書かれた字が「どの文字か」を当てるのではなく、2つの筆跡が「どれだけ似ているか」を距離として測る距離学習(Siamese Network)を採用しました。少ない真筆をデータ拡張で補い、「井上靖らしくない字」として合成したデータも組み合わせて学習させることで、わずかなデータから井上靖の筆跡の特徴をとらえる軽量なモデル(MobileNetV3ベース)を構築しました。

館内で完結するエッジAIと、運用の設計

判定はクラウドのサービスに頼らず、館内に設置した小型コンピューター「NVIDIA Jetson Nano」の上で完結させています。通信環境に左右されにくく、来館者の筆跡を外部に送ることもない構成です。

また、日々の展示を担う文学館スタッフの方々の手間をできるだけ減らすため、次のような設計にしました。

  • 電源を入れるだけで起動: Jetson Nanoに通電すると、判定システム(Dockerで構成したフロントエンドとバックエンド)が自動で立ち上がります。コマンド操作や特別な終了手順は必要ありません。
  • iPadを展示専用の端末に: ホーム画面から全画面で開くアプリ(PWA)にしたうえで、iPadOSの「アクセスガイド」で固定し、来館者が誤って別のアプリを開いたり設定を変えたりできないようにしています。
  • 紙に書くような描き心地: 画面に手を乗せても誤って線が入らないパームリジェクションや、Apple Pencilの筆圧・速度に応じた線の強弱を実装し、原稿用紙に筆記具で書く感覚に近づけました。
実際の使用シーン
実際の使用シーン

「伊豆文学検定」もあわせて展開

今回の展示にあわせて、3月に好評をいただいたクイズラリーの続編として、「伊豆文学検定」も館内で展開しています。

前回は屋外の会場3箇所にクイズスポットを設けましたが、今回は文学館の館内4箇所にスポットを設置しました。自分のスマートフォンを片手に館内を巡りながらクイズを解くことで、展示や直筆原稿の細部にも目を向けてもらえる仕掛けにしています。

館内に設置したクイズスポット
館内に設置したクイズスポット

長泉町井上靖文学館について

「長泉町井上靖文学館」は全国でも珍しい作家存命中に設立された個人文学館です。文学館の建物は、『しろばんば』に登場する土蔵をイメージして建築されたといわれています。開館後は作家本人が何度も来館し、読者との交流や講演を実施しました。所蔵品は初版本・自筆原稿・愛用品など約3,000点に及びます。

参考

湯山 修恩 / Shuon Yuyama

沼津工業高等専門学校 制御情報工学科。プロジェクトの記録をここに残しています。

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